大判例

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広島高等裁判所 昭和59年(う)29号 判決

本件は,金策に苦慮していた被告人が(一)以前同じ勤務先で働いていた後藤美穂子(注 51歳の独り者)方を訪れ,同女に対し金員借用方を申し入れたが,これを断わられたうえ追い返そうとされ,憤激して同女を突き,転倒した同女を見るや,同女を殺害して金員を強取しようと決意し,近くにあった電気コードを用いて同女を絞殺したうえ,同女所有の現金約7万円,普通預金通帳1冊,印鑑2個を強取し,(二)右犯行を隠蔽するため,同女の死体を自動車で運び出し,山中の湖岸の藪の中に遺棄し,(三)強取した印鑑を用いて,後藤美穂子名義の普通預金払戻請求書を偽造し,これを同様強取した預金通帳とともに山口銀行唐戸支店の係員に提出行使し,預金払戻名下に現金62万円を騙取したという事案である。……(省略)……

ところで,原判決は,「量刑の理由」の項後段において,被告人に有利な情状として,本件が計画的な強盗殺人とは認められないこと,本件の犯行に至る経過の中に,不幸な偶発的要素が介在していたこと,被害者の親族が被告人の両親から100万円を受領したこと,被告人が若年で前科前歴がないこと,被告人の改悛の情が顕著であることなどを挙げているのに対し,検察官はこれを種々論難する。そこで,検討すると,

(1) 本件が計画的な強盗殺人とは認められないことは原判示のとおりであり,本件においては最も有利な情状と思料されるが,前に説示したとおり,被告人は借金の申込みを断わられた場合,被害者を脅かしてでも,まとまった金員を入手しようと予め考えて被害者方を訪れているのであるうえ,その場の成行きによるとはいえ,一旦犯行を決意した後は,さしたるためらいもなく強固な殺意のもとに強盗殺人を敢行していることに鑑みると,右の計画的な強盗殺人でないとの有利な情状も,過大な評価をすることはできない。

(2) また,原判決は,「被告人は,まとまった金策を依頼してその承諾を得ていたもとの婚約者から右の金策を断られて本件犯行に至ったものであるところ,本件犯行後,再び気持ちを変えた,もとの婚約者から約束に近い金額の現金を入手していることからすれば,ある意味では本件犯行に至る経過の中に,いわば不幸な偶発的要素が介在していたものといわざるを得ない。」旨を判示している。なるほど,もと婚約者が本件犯行の前に,約束した全員を被告人に手渡していれば,本件犯行は発生しなかったかも知れないが,このような事情を被告人に有利な情状として評価すべきであるとは考えられない。

(3) 原判決は,また,「被告人の両親が努力して調達した現金100万円を提供して被害者の親族に対する謝罪につとめた結果,同人らも若干その心をひらいて右金員を受領するに至った」旨を判示している。被害者の遺族(兄,姉)が被告人の両親から100万円を受領したことは関係証拠によって明らかであり,右は一応有利な情状と考えられる。しかし,新井愛子の当審証言,後藤博昭,新井清の検察官に対する各供述調書によれば,被害者の兄,姉らがこれを受領するに至ったのは,「受け取らなければ他に寄附する」と言われて,被害者の供養料の一部にあてるために受領するに至ったのであって,もとより被告人を宥恕する意思はなく,厳罰を希望していることが認められ,右の有利な情状も過大に評価することができない。

(4) 原判決は,「被告人は25歳に達したばかりの若年で,業務上過失致死罪による罰金刑以外には前科前歴もなく,多少の問題はあっても,平均に近い生活を送ってきた」旨判示している。被告人の年齢,前科前歴については原判示のとおりであって,一応有利な情状というべきである。しかし,生活態度については,原判決も判示しているように,賭博に熱中してサラ金業者などから多額の借財を重ね,放浪生活を続けたり,婚約者がありながら勤務先の他の女性と交際して肉体関係を結ぶなど芳しいものとはいえない。しかも,本件のような重大犯罪の量刑にあたって,前科前歴のもつ意義はそれほど大きいものではないから,右の有利な情状も過大に評価することはできない。

(5) 原判決は,「被告人の改悛の情が顕著である」旨判示している。なるほど,関係証拠によれば,被告人がかなり反省していることが認められ,このことは一応有利な情状といえる。しかし,本件のような重大な犯罪を犯した被告人が後になって反省したからといって,過大に評価することはできない。

以上,原判決が有利な情状として挙げる諸点は,全面的には首肯できず,弁護人の所論が指摘する被告人の両親の本件により大きな打撃を受けながらも子を思う心情,被害者の遺族の慰藉にも努めるつもりで,原判決後も不動産を処分して得た50万円を提供したが辞退されたことその他記録に現われた被告人にとって有利な事情をできるかぎり斟酌しても,本件において被告人の刑事責任は極めて重大であるから,原判決が原判示強盗殺人の所定刑中無期懲役刑を選択したのは相当であるが,更に犯罪の情状憫諒すべきものとして酌量減軽するほどの理由があるとは到底認められない。

してみると,右の酌量減軽をしたうえ,被告人を懲役15年に処した原判決の量刑は軽きに失して不当であり,重きに失するとは認められない。検察官の論旨は理由があり,弁護人の論旨は理由がない。

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